インドあれこれ

Category Archives:インドあれこれ

スタッフの家にお邪魔してきました!~インドの家庭の日常~ わたなべ (インドインターン日記 vol.89)

 

みなさんこんにちは、ゆーきゃんです。

 

この間チャクドラコロニーに行ったときに子供たちと縄跳びをして遊んだのですが、それ以来縄跳びがしたくてたまりません(笑)

 

オフィス近くのお店で縄跳びを探していますがなかなか見つかりません…。

 

見つけたらすぐ買って、オフィスで運動不足解消をしようと思います!

 

 

 

 

実は先日、わぴねすのカウンターパートナーであるオルン氏のもとで働いている女性スタッフのお宅にお邪魔してきました!

 

彼女の名前はリンク―です。

 

 

 

 

よくTwitterで登場する現地スタッフ・スボの家はエアコンがついていたり冷蔵庫があったりと割と裕福な家庭なのですが、リンク―のお宅はもう少し庶民的で、インドの一般家庭という感じの生活を見ることができました!

 

 

 

 

彼女の家は、オフィスからトゥクトゥクで10分ほどの住宅街にありました。

 

玄関を入ってすぐの部屋になんと機織り機がありました!

 

 

 

これでサリーを織っているそうです。

 

一着のサリーを織るのにどれくらいかかるの?と聞いたところ、3日でできるそうです!意外!

 

そして一着6000ルピー(10000円ほど)で売れるんだとか。高すぎて私には手が出ませんでした…(泣)

 

 

 

 

さらに奥に進むと、急に屋外に!

 

 

 

ここにはハンドポンプ(手押しタイプの井戸)があり、洗い物などをするスペースになっているようです。

 

 

 

 

その奥に進むと再び室内に戻り、キッチンになっていました。

 

この方はリンク―のお母さん

 

 

 

階段を使って2階にあがると、寝室がありました。

 

ベッドでくつろぐやぎ

床に書いてあった模様

 

 

なんとも可愛らしい雰囲気の部屋です!

 

 

 

 

キッチンのわきからお庭に出れるようになっていて、そこには神様にお祈りをするためのスペースがありました。

 

 

 

インドの各家庭にはこのようなスペースがあるのだそう。スボの家にもありました。

 

 

 

 

リンク―のおうちには、お父さんお母さん、夫と子供、彼女のお姉さんやお兄さんとその家族も含めて総勢10人が住んでいるそうです!大家族ですね!!

 

おうちをぐるっと見せてもらった後、軽食をいただきました!

 

ムリ(甘くないポン菓子みたいなもの)とアルーチョップ、そしてミスティ(とっても甘いお菓子)です。

 

 

 

軽食のはずが、ムリの量が多すぎてかなりお腹いっぱいになってしまいました(笑)

 

 

 

 

その後は機織り職人の職人技を見学させていただいたり、

 

 

 

 

リンク―やそのお母さん・お父さん・お姉さんが料理をしているところを眺めたり、

 

料理中のお父さん(魚を揚げている)

 

 

普段の生活の様子を見せてもらいました。

 

この日は夜にゲストが来る予定だったそうで、お魚を大量にフライしていました!

 

 

 

このへんで食べられいている魚は川魚なので、(食べたらお腹を壊しそう…)と思っていたのですが、リンク―とそのお姉さんの猛プッシュに抗えず私は少しだけいただきました!

 

美味しかったです!そして、お腹も壊しませんでした!

 

実は以前理事の檜山さんがリンク―の家で食事をごちそうになった時にはお腹を壊して熱まで出たという話を聞いたことがあったので、魚はやばすぎる…と非常に恐れおののいていたのですが、そんなことはなく無事でよかったです…(笑)

 

 

 

 

そしてランチには、ごはん、アルーポストゥー(ペースト状にした穀物とじゃがいもをまぜたもの)、ベグーンバジャ(なすの炒めもの)、スープ(写真撮り忘れた)をいただきました。

 

 

 

どれもとても美味しかったです!!

 

 

 

 

ご家族の皆さんもとてもアットホームな雰囲気で私たちを迎えてくれ、とても楽しく心温まる時間でした。

 

招いてくれたリンク―に感謝です!

 

「また来てね!」と言ってもらえたので、今度お邪魔するときには日本食を作って持っていきたいなと思います!

 

 

 

 

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独立記念日とRakhiの日!インドではこんな1日を過ごしました!やぎ(インドインターン日記 vol.86)

 

こんにちは、やぎです。

実は明日8月17日は私の21回目の誕生日です!

去年もインドで誕生日を迎えたのですが、それがとても最近のように思えます。

 

時の流れは早いなぁ。

21歳も頑張って生きていきます!

 

 

さて、昨日はインドでは独立記念日でした。

またなんと今年はRakhi dayでもあり、二つの記念日が揃ったスペシャルな日でした!

 

 

Rakhi day(ラーキーの日)とは、、

これはかの有名な詩人、ラビンドラナート・タゴールが作った記念日なんだそう!

バングラデシュとインドが兄弟のように仲良くなるようにだそうで、

この日は異教徒ではなく、同じ人間、兄弟だということでお互いの右手首にブレスレットをつけます。

 

 

しかし現在では、それは職場や近くにいる人、家族など、親愛なる人に渡すプレゼントになっています。

(現地スタッフのスボちゃんに教えてもらいました)

 

 

 

私は今回、6つのブレスレットを購入し、友人に渡しました!

1本は現地スタッフで特に仲良くしてもらっているスボちゃん!

他の5本は、マニプールに住む友人へ!

 

 

みんなとても喜んでくれて、かついつも思っている感謝の気持ちを伝えることができて、本当にいい日でした!

 

インドのこのような日、素敵ですよね!!

 

 

 

 

さてさて、では8月15日を私たちインターンがどのように過ごしたのか、ご紹介していきたいと思います。

 

8:30am 起床、朝ごはん

 

うん、もうすでに音楽が、、。元気な朝です。

 

インドの独立記念日ですが、インドとは関係なく、味噌汁を飲みました笑

 

 

 

 

9:30am 出発

 

列車が10:00発なので、Officeを出ました。

元気な音楽とは裏腹に、天気はちょっと曇りでジメジメ。

 

いつものアルーチョップ屋さんで、ゆーきゃんと一緒にアルーチョップを3つ、

ベグニチョップ(カレー味のナスの天ぷら)を1つ購入。

 

 

 

 

9:40am TOTO

 

TOTOが出発しない、、。

もうアルーチョップとベグニチョップは完食してしまった。

 

 

 

 

9:45am TOTO出発

 

5人乗りのTOTOに3人しか乗っていない。

しかしおじさんも流石にしびれを切らしたのか、出発。

 

私とゆーきゃんは列車が時間通りに来ているので、間に合うかハラハラ。

 

しかし、TOTOの速さが尋常じゃなかったので、間に合いました。

よかった〜〜

 

 

 

 

9:55am 駅に到着、スボちゃんと合流

 

 

 

 

駅に着くと、大音量で音楽が。それに特別な祭壇も。

しみじみと「ああ、インドだ、、」と思いました。

 

 

 

 

10:00am-10:30am 列車 出発 バンクラへ

 

バンクラ駅に着いた私たちは、9月に開催するリサーチキャンプの通訳者の宿を探します。

 

前日に目星はつけておいたので、あとは予約と値切りだけ!!

 

マネージャーのおじいさんに宿泊日数と人数を伝え、今日はいい天気だねとか、

おじいさんはどこ出身なのとか話しつつ、値切る。

 

しかしおじいさんは全然聞きません。

 

「無理。」

 

即答でした。

 

 

 

しかし、なんとか粘って、300ルピー値段を下げてくれました!

 

そんなこんなで、この日絶対にやる仕事は終了!笑

 

 

 

 

スボちゃんとはここでお別れの予定だったので、

3人で売店に行き、ラーキーのブレスレットを購入。

 

 

 

 

 

 

スボちゃんからもお返しのブレスレットをいただきました!!

とても可愛い!

 

 

ひとしきり楽しみ、駅に向かいました。

 

 

実は前日、友人のビルトゥーに

「明日マニプールにおいでよ!」と嬉しいお誘いをもらっていたので、

それからマニプールのあるアドラ駅に向かいました。

 

 

 

 

 

12:30am-1:35pm バンクラからアドラへ

 

アドラに着くと、日差しがすごい〜〜

とても暑かったです。

 

友達のトロニーが迎えに来てくれました!

日頃の感謝を込めて、ブレスレットをプレゼントしました!

喜んでくれてよかった〜〜

 

 

 

 

1:50pm マニプール到着!

 

 

 

マニプールに着くと、ガールズホステルの中でなにやら催しを行っています。

 

隙間から見ていると、、

 

「SAKURA!!」

 

と呼ばれ、壇上に登ることに、、。

 

 

 

 

リーダーや来賓はステージの上で見ることになっているのですが、これが見辛い、、笑

 

目の前のテーブルなどで、催しはあまり見えません笑

 

着いてすぐやっていたのは、結婚にまつわる演劇。

男の子たちが一生懸命やっていました。

 

 

 

 

2:30pm Lunch Time!

 

 

 

 

 

催し物が終わったあとはみんなでご飯!

しかし人が多いので、まずは男の子たち、

 

次に女の子たちとスタッフ、おじいちゃんたち

 

という二段階構成になっていました笑

 

 

 

 

 

 

今日のご飯は特別でした!

 

野菜カレー、アルーポストゥ(ジャガイモのおかず)、チャトナ(辛いピクルスのようなもの)、ゴロゴロチキンカレー、ご飯

 

おかずが多いし、チキンがたくさん!!

 

みんな嬉しそうに食べていました!

 

 

 

 

 

 

 

3:30pm 孤児院に行ってみんなとおしゃべり

 

スタッフは日本語に興味津々なので、それぞれ日本語とベンガル語をお互い教えあったりしました。

 

また子供たちとも一緒におしゃべりしたり、写真を見たりとったり!

 

 

 

 

本当は4時にはマニプールを出るはずだったのですが、

楽しすぎて列車を一本遅らせることに、、笑

 

 

 

 

5:00pm 別れの挨拶

 

女の子たちがホールで遊んでダンスしていたので、

混ざってインドのダンスを学びました笑

 

5:35の列車に乗らなければならないので、女の子たちやリーダーのダスさん、

ビルトゥーに別れを告げ、ピントゥーのバイクにて駅へ。

 

バイクに乗っている途中、ピントゥーから「次は家に遊びに来てよ!」と嬉しいお誘いが。

 

行けるのは正直いつになるのかわかりませんが、とても楽しみです。

 

 

 

 

また来るとはわかっているのですが、マニプールからの帰りは

なんだかいつも、とてもさみしい気持ちになります。

 

(次は5日後に行きます笑)

 

 

 

以上が、8月15日の1日の流れでした!

 

夜まで音楽がなっていて、やっぱり今日はインド人にとって特別な日なんだなと思いました。

 

8月15日、至る所で、インド人のインド愛が見れます!

ぜひ皆さんもこんな素敵な日にインドに来てみるのはいかがでしょうか!

 

 

 

 

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疲れたときには美味しいチキンとアイス!インターン生行きつけのアイスクリーム屋さんを紹介! わたなべ (インドインターン日記 vol.85)

 

みなさんこんにちは、ゆーきゃんです。

 

日本から帰ってきてから、明らかにネズミの被害が以前よりも増えていて、毎日恐れおののいています。

 

あいつら、意外と何でもかじるのでたまったもんではありません…(泣)

 

ネズミ駆除剤の購入を真剣に検討しています。

 

 

 

 

さて、ビシュナプールのオフィスに住んでいる私たちですが、かなりの田舎なので周りに娯楽施設はほとんどありません。

 

そんな私たちが日々の疲れを癒しにたびたび訪れるのが、「One Scoop(ワンスクープ)」というアイスクリーム屋さん!

 

ちなみに以前こちらのブログでもちらっと登場したことがあるお店です。

 

たまには息抜きも必要!~インドの田舎での息抜き方法~ わたなべ (インドインターン日記 vol.64)

 

 

 

今回はそのワンスクープの紹介をしていきたいと思います。

 

普段私たちがどんな風にワンスクープでの息抜きを楽しんでいるのかを感じてみてくださいね!

 

 

 

 

ワンスクープは、オフィスの近くにあるバススタンドからトゥクトゥクで7分ほど行ったところにあります。

 

インドでは割とありがちですが、お昼過ぎから夕方までの一日で一番暑い時間帯はお店が閉まってしまいます。

 

暑い時こそお店を開ければ繁盛するのでは…?と思わなくもないのですが仕方がないですね(笑)

 

また、定休日も決まっていないようなので、せっかく行ったのにお店が閉まっていた…なんてことも過去にはありました(泣)

 

 

 

最近お店を訪れるのは、もっぱら夜が多いです。

 

アイスクリーム屋さんですがポテトやハンバーガーなどもメニューにあるため、夜ごはんを食べがてら息抜きに行くのが定番になっています!

 

この間お店に行ったときに外観の写真を撮ろうとしたのですが、夜で暗かったためこんな感じの全くよくわからない写真が撮れてしまいました(笑)

 

看板と店内しか見えない…

 

 

 

お店に入ると、こんな感じ。ここで注文を済ませます。

 

 

 

 

注文台の左側にあるケースにはアイスがたくさん!

 

 

 

 

店員さんが優しくて、いつも何種類も味見をさせてくれます。サービス精神旺盛でありがたいですね!

 

味見をしつつも結局いつもチョコレート味やバタースコッチ味といった無難なものを注文しがちです(笑)

 

 

 

 

奥に行くと食事スペースがあり、ここで軽食を食べたりアイスを食べたりできます。

 

お客さんが来るとエアコンをつけてくれるので、店内は非常に快適です!

 

夜にはなぜか緑や青の照明になるので、なんだかクラブのような雰囲気が出ます(笑)

 

写りこんでいるインド人が地味に面白い

 

 

 

私たちがよく注文するのは、「クリスピーチキン」と「スマイリーポテト」です!

 

 

 

そこにさらにスプライトやペプシをつけます。

 

デブの食事ですね!(笑)

 

普段は野菜中心の食事ばかりなので、たまにはこんな風にジャンキーなものが食べたくなってしまうんです…。

 

チキンもポテトもアツアツで美味しいです!

 

 

 

しかし、運が悪いと「今日はないよ!」と言われてしまうので、そういう日はアイスだけ食べて帰ります…。

 

そういうところはインドですね(笑)

 

 

 

また、インドではスプライトやペプシにマサラ(スパイス)を入れて提供する飲食店があり、ワンスクープでも何も言わないとマサラ入りの飲み物が出てきます。

 

わたしもやぎちゃんもこのマサラ味が苦手なので、注文時には必ず「マサラは入れないで!」と訴えるのですが、注文を受ける人と飲み物を作る人の連携ができていないのか、2/3の確率でマサラ入りが出てきます…(笑)

 

こういうところも本当にインドだなと感じますね。

 

 

 

食後にアイスを食べて帰ることもあります!

 

他にもチキンナゲットやハンバーガーなどの軽食(ベジタリアンの人向けの野菜オンリーメニューも)、シェイクやソフトドリンクなどの飲み物系のメニューがあります。

 

今後もたびたび通う予定なので、いろんなメニューに挑戦してみようと思っています!

 

 

 

 

今回はワンスクープの紹介を通して、インターン生の飾らない日常を垣間見てもらえたのではないでしょうか!

 

「活動の傍らでこんなこともしてるんだな~」と笑ってもらえたら嬉しいです(笑)

 

あまり機会はないかもしれませんが、万が一ビシュナプールを訪れる、なんてことがあった際にはぜひお店に行ってみてくださいね!

 

 

 

 

そして実はこのワンスクープ、なんとデリーにもお店があります!

 

なんでビシュナプールにもできたのかは謎ですね(笑)

 

Facebookのページがあるのでぜひ見てみてください!

 

それでは今回はこのへんで!

 

 

 

 

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サリババ?いやサイババでしょ!インドのスピリチュアルリーダー!やぎ(インドインターン日記 vol.84)

 

こんにちは、やぎです。

一昨日の大雨のせいか昨日は一日とても涼しく、過ごしやすい日でした。

 

最近、従姉妹から「雨がすごいみたいだけど大丈夫?」という連絡が。

こっちは夕立くらいしか降らないので、何のことかと思えば、、

インドの色々なところでモンスーンが脅威を見せているようですね。

インターンがいるところは今の所無事です。

 

さて、昨日ゆーきゃんが書いてくれたインターン日記は「アリババ」と「サリババ」についてでしたね?

 

 

 

今日はそんな「サリババ」に語呂が似ている「サイババ」をご紹介します。

 

サイババとは、インドで有名なスピリチュアルリーダーです。

 

 

サティヤ・サイ・ババ(本名:サティヤ・ナーラーヤナ・ラージュ)

 

活動本拠地としてインドのいくつかのアシュラム病院学校があるほか、国内外に数百万もの信奉者を獲得し、世界126カ国に1,200のサティヤ・サイ・ババ・センターを作った。

 

アシュラムとは、、

宗教的修行の場所である行者の隠棲所・庵・僧院などの場所

 

 

 

彼は14歳の時に自分がシルディ・サイ・ババの生まれ変わりであり、つまりはシヴァとシャクティの生まれ変わりだと気づき、サイ・ババと名乗り始めました。

 

シルディ・サイ・ババとは、、

サイ・ババはヒンドゥーヨーガ行者 、イスラームの修行僧 であり、没後も数多くのイスラーム教徒・ヒンドゥー教徒から聖者として崇められている。

 

インドではとても有名です。

よくタクシーの中などで写真が飾られているのを見ます。

 

 

 

 

まず、なぜ「サイ・ババ」?

サイはペルシャ語で「聖なるもの」「聖者」

ババはインド圏で「父」という意味です。

 

サイ・ババは、ヒンドゥーのヨーガ行者でもありイスラームの修行僧でもあったため、この二つの言語によって表現されたのでしょうね〜。

 

 

 

初代のサイババであるシルディ・サイババは

水で聖火を灯すなど、様々な奇跡を起こし人々を救ったことで有名です。

そんなサイババは以下の11個の約束を残して1919年に死にました。

 

  1. 誰であろうとも、シルディの地に足を踏み入れたなら、苦悩は終わるであろう。

 

  1. 私のサマディ(墓)に参拝するならば、たちどころに、悲惨さや惨めさは終わり、有り余る程の歓喜と幸せに変わるであろう。

 

  1. たとえ私の肉体が滅びようとも、私はさらに強烈に信者に働きかけるだろう。

 

  1. 私のサマディー(墓)は、帰依者たちを祝福し、帰依者たちに話しかける。

 

  1. 私はサマディー(墓)でも肉体があったとき以上に活発に元気に働きかける。

 

  1. 私が現世に残したもの(遺骨、杖、サンダル等)はすべて、サマディーからでも語りかけるだろう。

 

  1. 私は永久に生きており、私の許にきて、私に委ね、私に庇護を求める全ての人を助け導くだろう。

 

  1. もしあなたが、私の方を見るなら、私はあなたを見る。

 

  1. もしあなたが重荷を投げ捨てるなら、私は必ずそれを持ち去るだろう。

 

  1. もしあなたが私の助言と助けを求めるなら、それは直ぐになされるだろう。

 

  1. 8年後、南インドのヴィシュヌ神を信仰する家に生まれ変るだろう。

 

 

 

 

 

さて、サティヤ・サイババはその7年後の1926年に南インドのプッタパルティという小さな村で生まれました。

 

シルディ・サイババの予言、すごいですね、、。

 

 

サティヤ・サイババは14歳の時に自分がシルディ・サイババの生まれ変わりだと気づくと、その5ヶ月後には家を出て人々に説法をし始めます。

 

すると不治の病を治す、何もないところから時計や灰を出すなど、奇跡が起きました。

 

それによってインドだけではなく、海外までサイババの名が広まっていきました。

 

 

 

以下はそんなサティヤ・サイババの功績です。

 

 

  • 教育支援

 

  • 1966年 – シュリ・サティヤ・サイ・バール・ヴィカース・プログラム(子どもの開花教室)開講
  • 1968年 – シュリ・サティヤ・サイ大学アナンタプル校(女子校)開設
  • 1969年 – シュリ・サティヤ・サイ大学ヴリンダーヴァン校(男子校)開設
  • 1972年 – イーシュワランマ女子高等学校開設
  • 1981年 – シュリ・サティヤ・サイ小・中・高等学校開設
  • 1981年 – シュリ・サティヤ・サイ大学プラシャーンティ・ニラヤム校(男子校)
  • 2000年 – シュリ・サティヤ・サイ・ミルプリ音楽カレッジ開設
  • 2010年 – インド村落地帯への教育プログラム無料配布プロジェクト、『シュリ・サティヤ・サイ・ヴィッディヤー・ヴァーヒニー・プロジェクト』。

 

  • 水道設備の供給:(シュリ・サティヤ・サイ「恵みの水プロジェクト」1995年着工)
    • アーンドラ・プラデーシュ州アナンタプル県
    • アーンドラ・プラデーシュ州メダック県・マフブーブナガル県
    • タミル・ナードゥ州チェンナイ県
    • アーンドラ・プラデーシュ州東西ゴーダーヴァリー県

 

  • 貧困者と孤児への援助:(集合住宅と学校の供給)
    • 2002年 シュリ・サティヤ・サイ・ディーナ・ジャノーダーハラナー・パタカム設立

 

 

  • 災害被災者救助

 

    • 2001年 グジャラート地震被災者への救援活動
    • 2004年 タミル・ナードゥ州の津波被災者への救援活動

 

 

  • 高齢者への援助

 

    • カドゥゴーディ、バンガロール、アナンタプルに老人ホーム(ブリッダーシュラマ)を開設

 

 

  • 恵まれない母子への援助

 

    • 2005年 イーシュワランマ女性福祉トラスト設立

 

 

  • 病院の建設

 

  • 1956年10月4日 – プラシャーンティ・ニラヤムにシュリ・サティヤ・サイ総合病院開設
  • 1991年11月22日 – プッタパルティにシュリ・サティヤ・サイ高度専門病院開設
  • 2001年1月19日 – バンガロールにシュリ・サティヤ・サイ高度専門病院開設

 

引用元:Wikipedia『https://ja.wikipedia.org/wiki/サティヤ・サイ・ババ

 

 

 

 

さて、サイババの凄さはわかったと思いますが、私が紹介したいのは、

サティヤ・サイババの故郷であり、活動拠点として有名なプッタパルティ、通称「サイババタウン」です。

 

 

出典:https://sailaksmi.hatenadiary.org/entry/20120416/1334569178

 

 

 

実はこの街、建物が淡いピンクや水色で統一されており、すごくファンシーです!

 

出典:http://www.sekai-isshu.com/special/3/

 

この街はサティヤ・サイババのアシュラムを中心に作られた街なので、サイババを信仰する人々の巡礼地でもあります。

 

 

 

私もいつか絶対行こうと思っている場所です、、。

 

 

 

調べてみると

コルカタのハウラー駅から、最寄駅の「スリ サティヤ サイ プラシャンティ ニラヤン駅」まで乗り換えなしで31時間程で行けるみたいです!!

 

(多分、4,5時間は遅延すると思います笑)

 

そこからはプッタパルティ行きのバスも出ているみたいで、15分ほどで着くみたいです。

 

 

 

 

ただ、乗り換えなしの列車は水曜のみの運行になっていますから、お気をつけください!

 

 

 

 

31時間か、、、

と少し行くのが怖くなりましたが、せっかくあと7ヶ月インドに滞在するので、できる限り行きたい、、。

 

 

さて、では最後にサティヤ・サイババ氏の4つの教えを紹介しようと思います!

 

  1. 「カーストはただ1つ、それは人類というカースト。宗教はただ1つ、それは愛という宗教。言語はただ1つ、それは心という言語。神はただ1つ、そして、神は遍在」

 

    2.「すべての人を愛し、すべての人に奉仕せよ」(Love All, Serve All)

 

 3.「つねに助け、決して傷つけてはならない」(アヒンサー(非暴力)の思想)

 

 4.「愛(プレーマ)は私の姿、真実(サティヤ)は私の息吹、至福(アーナンダ)は私の糧、私の人生が私のメッセージ、拡大が私の人生、愛に理由はなく、時を選ばず、生じることも滅びることもない」

 

 

引用元:Wikipedia『 https://ja.wikipedia.org/wiki/サティヤ・サイ・ババ

 

 

 

 

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暑いインドにぴったり!アリババとサリババってどんな服? わたなべ (インドインターン日記 vol.83)

 

みなさんこんにちは、ゆーきゃんです!

 

最近は日中停電することが多く、停電とともに目が覚める毎日です…。

 

ファンが止まってしまうため毎日暑くてたまりません(泣)

 

 

 

今回は、そんな暑いインドで過ごすのにぴったりな「アリババ」と「サリババ」という服を紹介したいと思います!

 

 

 

 

「アリババ」は、インドの露店などでよく見かける、綿やナイロンなどの生地でできたズボンのことです。

 

生地が非常に薄いうえに軽く、風通しもよいという優れもの!

 

さらに、汗や水にぬれてもすぐに乾きます。

 

暑いインドにはもってこいの機能を兼ね備えているんです!

 

 

 

そして、特徴的なのがその形。

 

こんな風に、股下の部分がだるーんとしていてゆったりした形になっているんです!

 

アリババを着るやぎ

全部広げてみるとなんとこんな形に

 

 

 

ウエスト部分はゴムになっていて、足元にもゴムが入っておりキュッとしています。

 

そのため、動きやすさや履きやすさも抜群です!

 

 

 

 

「サリババ」は、アリババのように股下が広くない、普通のズボンタイプのものを指します。

 

サリババを着て変な格好で寝ている私(笑)

 

 

それ以外はアリババと変わらないので、股下がだるっとしているのが嫌!という方にはサリババがおススメです!

 

 

 

 

こんな風にいいところがたくさんあるアリババやサリババは、ワークキャンプの際には大活躍なんです!

 

キャンプ中にアリババを着て作業するキャンパー

 

 

 

インドに到着してすぐ、コルカタのサダルストリートにある行きつけのアリババ屋さんでアリババを買ってからコロニーに行く、というのが毎回の恒例行事になっています。

 

お店の棚にキレイに並んでいるアリババをひたすら引っ張り出しては散らかしながら、自分の好みのアリババを探します。

 

アリババを物色するキャンパー

 

 

アリババは色とりどりで柄も一つ一つ違うので、お気に入りの1枚を見つけるのがとても楽しいですよ!

 

インドには何回も来ていてすでに何着もアリババを持っている私ですが、いまだにお店に行くとアリババを新着してしまいます…(笑)

 

 

 

さらに嬉しいことに、このアリババ、とっても安いんです!!

 

私たちの行きつけのお店では、一着250ルピー(400円しないくらい)で売っています。

 

露店だともっと安いところもあるのではないかと思います。

 

 

インドに行くけど、どんな服を持って行こう…と悩んだときには、思い切って現地でこのアリババやサリババを購入してみるのもいいのではないでしょうか!

 

 

 

 

そんなアリババとサリババですが、履くときに気をつけたいポイントがあります。

 

 

 

まず、色落ちです。

 

アリババとサリババは色とりどりで非常にオシャレなのですが、生地によっては激しく色落ちする場合があります。

 

なので、洗う際は同じような色のものと一緒に洗うか、アリババだけ別で洗うことをおススメします。

 

個人的な見解ですが、綿のような生地だと色落ちする確率が高く、ナイロン系の生地だと比較的色落ちしない印象です。

 

 

 

そして、生地が薄いので、破けやすいというデメリットもあります。

 

薄さのせいで、物によっては透けてしまうこともあるので要注意です。

 

お店で試し履きをしてみるといいかもしれませんね。

 

 

 

また、トイレの際に(特に和式だと)そのままアリババを脱ぐと、股下がダルっとしているがゆえに床についてしまうことがあるので気を付けねばなりません!

 

 

 

 

機能性にも優れていて、オシャレで、安い。さらに着ているだけでインド気分を味わえる。

 

そんなアリババとサリババを紹介してきました。

 

インドに来る際には、ぜひ自分だけのお気に入りの一着を探してみてくださいね!

 

 

 

 

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ご存知ですか?
世界には社会から隔絶されたハンセン病回復者の村があることを。
 
そこに住む人々が1日1ドル以下で暮らしていることを。
 
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久しぶりのインド、最初の戦いはネズミとアリ!やぎ(インドインターン日記 vol.80)

 

こんにちは、やぎです。

最近私たちはインドに帰ってきました!

 

暑いだろうなーと思っていたのですが、案外日本よりインドの方が涼しく感じます。

やはり雨季ということもあり、雨がちょこちょこ振り、その度に停電します。

涼しいのでそこまで害はないのですが、、笑

 

 

停電になったり、道に牛がいたり、朝は鳥の声で目覚めたり、、

インドに来たんだなとしみじみ感じます。

 

 

 

さて、そんな感じでインドに帰ってきた私たちですが、帰ってきて早々に分かれます!

 

というのも、8/14から始まるチャクドラのキャンプに向けて、準備をしたいという学生キャンパーが8/5から私たちインターン生と一緒に渡航しており、

ゆーきゃんはその子たちとチャクドラに向かったためです。

 

 

 

そのため私は一人でオフィスに向かうことに、、。

 

 

3日くらい空けていただけでもネズミの糞やアリがたくさん出るオフィス。

今回私たちは6月の終わりから、8月7日まで、1ヶ月以上オフィスを空けました。

 

 

恐る恐る階段を上がると、、(私たちのオフィスは2階)

 

 

 

 

あ、やっぱり、、。

 

 

その汚さに絶句。

 

 

部屋中にネズミの糞が。

 

ゴミ箱入れとして使っていたネットはかじられてボロボロ。

 

ほうきも掃く部分が抜かれ、部屋中に散らばっています。

 

洗面所にはアリが大量発生。

 

窓にはアリの死骸やネズミの糞が、、。

 

 

 

すみません。気持ち悪いとは思うのですが、これがインドです。

 

 

 

お掃除に来てもらったインド人にも、

 

「なんでこんなに放置するの?鍵を渡してくれたら週に2回は来るのに」

 

と言われてしまいました。

 

 

 

その後は二人で掃き掃除をしました。

 

掃除をする途中、荷物をどかすと下からカナヘビが出てきたりして

私がヒーヒー言っていると、それを見てケタケタ笑っていたインド人ですが、

 

洗面台の下の引き出しからネズミが出てきたときには

 

「キャー!!!!!」

 

とめちゃくちゃに叫んでいました笑

 

 

 

また綺麗になった部屋の中でやっと一息ついていると、ネズミがタタタと目の前を走って行きました。

 

以前週に一回ほど掃除してもらっていたときにはなかった光景です。

 

やっぱり頻繁に掃除しないとダメなんだなと思い知らされました。

 

 

 

 

しかし!

 

今回幸運にも、食料棚は無傷でした!

 

私たちは食料棚のなかの食べ物はほとんどすべて真空パックに入れるか、口がしまる袋を二重にして保存していました。

 

そのためか、1ヶ月空けた食料棚ですが、アリは一匹もいませんでした!!

(やったー!)

 

 

 

これからは、ネズミ対策を練っていきたいと思います笑

 

もし何かいい方法がありましたらぜひ教えてください、、

 

 

、、始まりは散々でしたが、これからインターン後半期、ますます頑張ってまいります!!

後半期もどうぞよろしくお願い致します!!

 

 

 

 

 

さて、8月3日に、東京にてわぴねすの2018年度の活動報告会が開催されました。

 

次は名古屋にて同様に活動報告会を開催いたします!

わぴねすにおけるワークキャンプ事業や就労支援事業など、2018年度の活動がすべてわかります!!

 

会場

愛知県名古屋市中区丸の内3丁目21-21 丸の内東桜ビル801号室

 

行き方

地下鉄「久屋大通」駅 1番出口 徒歩1分

久屋大通駅1番出口を出るとスターバックスがありますので、西に向かって歩いてください。ビルの1階に「じろうや」という焼肉屋がありますので、目印になさってください。

 

プログラム

15:45 開場

16:00 開始

16:30 終了

 

その後近くの居酒屋にて懇親会を予定しております。

懇親会参加者は3000円くらいの用意をお願いします。

 

 

 

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野外排泄ってこんなに危険!~インドが抱える問題とその背景~ わたなべ(インドインターン日記 vol.78)

みなさんこんにちは、ゆーきゃんです!

 

実はこの週末に、今夏のキャンプに参加するメンバーが各村ごとに集まってミーティングをしたり親睦を深め合う、毎キャンプ恒例の「キャンプ前合宿」がつくばで開催されました!

 

渡航を目前に控えているメンバーもおり、どんなキャンプになるのかとても楽しみです!

 

 

 

 

さて、今回はインドの「トイレ事情」に関する話題です。

 

インドは衛生環境があまり良くないという印象を持っている方も多いと思いますが、インドが抱える問題の一つが「野外排泄」の問題です。

 

 

 

2011年の国勢調査によると、インド国内の野外排泄率はなんと49.8%だったそうで、世界一の野外排泄大国と呼ばれるほどでした。

 

国の半分の人が野外排泄をしているなんて状況、日本ではまず考えられないですよね…。

 

私たちが活動しているコロニーでも、多くの人がトイレではなくその辺の空き地や池の近くなどで排泄をしています。

 

実は、野外排泄にはこんな危険が潜んでいるんです。

 

 

 

 

*死亡原因と野外排泄の関係

 

 

JICAによると、インドにおける5歳未満児の死亡原因の第3位は下痢症で、それに続く第4位がその他の感染症や寄生虫を原因とする疾病です。

 

また、5歳未満児のみならず、全年齢における10大死亡原因においても下痢症は第3位を占めています。

 

 

下痢症の主な原因は排泄物の雑菌に汚染された飲食物を摂取することによる経口感染だと言われていて、さらに腸チフス、A型肝炎、ポリオ、回虫症およびサルモネラ症等を含む多くの感染症の伝播には、人間の排泄物が適切に管理・処理されていないことと大きく関係しています。

 

野外排泄によってバクテリアの繁殖や地下水・農産物の汚染が引き起こされ、下痢症や感染症のリスクが高くなることは容易に想像がつきますね。

 

 

 

 

*野外排泄中も危険が

 

 

実は野外排泄が抱える危険性は、これだけにとどまりません。

 

ウッタル・プラデシュ州では2014年5月に、排泄のために外出した10代の少女2人が複数の男に性的暴行を受け、殺害される事件が発生しています。

 

インドでは、野外で排泄を行おうとする際に女性が性的暴行被害に遭うケースが頻発しているそうなんです。

 

 

また女性への性的暴行のみならず、排泄中に野犬や蛇等の動物に襲われ命を落とすケースもあるとのこと。

 

このように、野外排泄をすることによって様々なリスクが発生してしまいます。

 

 

 

そんな状況を改善し、インドの「汚い」というイメージを払拭すべく、モディ首相は2014年に「スワッチ・バーラト(クリーン・インディア)」政策を開始し、屋外での排泄を根絶に向けて政府主導でのトイレ設置に取り組んできました。

 

そのおかげもあり次第にトイレの数も増え野外排泄を強いられる人も減りましたが、せっかくトイレが設置されたのに使われていない…という事例もあります。

 

つまりインドで野外排泄が蔓延っている背景には、もちろんトイレの設置率の低さもありますが、それだけではなく他にも原因があるということですね。

 

それは一体何なのでしょうか?

 

 

 

 

*文化的背景

 

 

実はインド社会では、昔から排泄行為や排泄物は「不浄なもの」であると考えられていました。

 

そのため、そもそも屋内や家屋の周辺で排泄を行うといったことが忌避されていたのです。

 

つまり、もともとインド社会では野外排泄が当たり前となっていて、トイレを使用するという習慣があまり根付いていなかったといえます。

 

トイレを設置してもそれを使用しない、という現状の背景にはこのような事情が潜んでいました。

 

トイレを増やしたとしても、トイレを使う習慣が根付いていなければ状況を改善することにはつながらないということですね。

 

 

 

 

*衛生に関する知識の無さ

 

 

もう一つの原因として、野外排泄の危険性やトイレの必要性、その使用・管理方法についての正しい知識を多くの人が持っていないということが挙げられます。

 

これが理解できていなければ、「トイレを使わなくても別にいいでしょ」という考えに至ってしまい、せっかくトイレがあっても利用されなかったり、倉庫などの他の用途に転用されてしまったりする可能性が出てきます。

 

また、トイレの使用・管理方法が適切でなかったがために排泄物があふれかえって悪臭が漂い、結局使われなくなってしまったという事例も。

 

不適切なトイレの使用は、かえって健康被害を増加させてしまうことにもつながりかねません…。

 

 

 

 

 

今回は、インドで問題になっている「野外排泄」の危険性やその背景にあるものを紹介しました。

 

トイレを設置し普及させることと、それを使う習慣と正しい知識を根付かせること、この2つを同時に行っていくことが、インドでの野外排泄問題を解決するカギになると個人的には思っています。

 

政府が行ってきたクリーン・インディア政策は元々5年間の計画だったため、2019年をもって終了となりますが、トイレ普及率や野外排泄率はどのように改善したのか、その結果がとても気になりますね!

 

 

 

 

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インドのハンセン病差別を、古典から読み解く② わたなべ (インドインターン日記 vol.76)

 

みなさんこんにちは、ゆーきゃんです!

 

 

 

いつもはやぎちゃんと交代でブログを書いていますが、今回は前回に引き続き私が「昔のインドではハンセン病とは、ハンセン病患者はどのような存在だったのか」の話をしていきます。

 

まだ前回のブログをお読みでない方は、ぜひこちらを先に読んでからお楽しみください!

インドのハンセン病差別を、古典から読み解く① わたなべ (インドインターン日記 vol.75)

 

 

 

さて前回は、インドの文献における最古のハンセン病の記述を紹介し、当時すでに「ハンセン病は業病だ」という考え方が存在していた、ということを紹介しました。

 

つまり、ハンセン病と「罪」意識が結びついていたんですね。

 

今回は、その罪意識がどのように差別と結びついていたのかを、『マヌ法典』の記述から読み解いていくことにします。

 

 

 

何はともあれ、まずは『マヌ法典』の説明から入りたいと思います。

 

 

 

 

*『マヌ法典』とは?

 

 

紀元前2世紀~紀元後2世紀の間に成立したと言われている、ヒンドゥー教の法典です。

 

全編は12章2685章からなり、単なる法律だけではなく、宗教・道徳・習慣に渡る規範を記しています。

 

さらに、カースト制度(ヴァルナ制)に関する婚姻の規則や、財産の相続、なども事細かく定められています。

 

 

 

つまり、ヒンドゥー教徒にとっての人生の指針とされている重要な法典だということですね。

 

そんな、ヒンドゥー教徒の規範となる『マヌ法典』において、ハンセン病はどんな形で記述されているのでしょうか?

 

 

 

今回、『マヌ法典』からの引用は岩波文庫の田辺繁子訳、『マヌの法典』(1953年)に依拠します。

 

 

 

 

*惡しき業病を患ふ者

 

 

『マヌ法典』には、

 

 

“惡しき業病を患ふ者”

“この世に於て、惡人は、或は犯したる罪(の結果)により、又或は前(生)に於て犯したる(罪の結果)によりて、相貌の畸形を受く”

 

 

という記述があります。

 

これは、前世または今生で犯した罪の贖罪をしなかった悪人は、身体(または精神)になんらかの障害や奇形をもって生まれる、ということを表しています。

 

『マヌ法典』では、聴覚、視覚、身体障害や精神障害、奇形、肺病などを持つ者がこの「惡しき業病を患ふ者」として挙げられており、実はこの中には「白癩(ハンセン病の古い呼称) 」や「皮膚病」を患う者も含まれています。

 

つまり『マヌ法典』においても、ハンセン病は罪という概念とともに語られているということですね。

 

 

 

 

*「罪」と「差別」

 

 

『マヌ法典』には、

 

 

“かく(過去の罪)業の殘餘によりて、白痴、啞者、盲人、聾者、及び畸形者生る。それらは(みな)有徳たる者達によりて輕蔑せらる”

 

 

という記述があり、前世の罪による心身の障害を持つ者は差別される対象であったということがわかります。

 

ハンセン病を患った人も「惡しき業病を患ふ者」とされていたことを考えると、この時代にはすでに社会から差別を受けていたということが推測できますね。

 

当時からヒンドゥー教徒の規範であった『マヌ法典』にこのような記述があるということが、差別を社会に根付かせる一因になったと考えることもできるのではないでしょうか。

 

 

 

また、同じように『マヌ法典』において差別されるべき存在として記述されていたのが「パティタ」と「シュヴァパチャ」と呼ばれる人々です。

 

前者は規範を侵犯したことによって共同社会を追放された者のことで、後者は「犬を料理する者」という意味を持つ古代インドの代表的な賤民の人々です。

 

 

 

『マヌ法典』で差別の対象になっている人々は、自己を正常な存在と考える人々にとって「異常」な人々に見えたのでしょう。

 

古代インドにおいては、ここに差別の根源があったと考えることができます。

 

 

 

 

*なぜ「罪」なのか?

 

 

ここで気になるのが、なぜハンセン病も含めた心身の障害を持っていることが、「前世で罪を犯したせいだ」とされているのかというところ。

 

 

ここからは個人的な考えになってしまいますが、ひとつの解釈としては、これは当時まだ原因のはっきりしていなかった心身の異常に対して、それはかつて自らが犯した罪の報いであると意味づけることによってその事象(心身の異常)について納得し理解をしようとした態度のあらわれだと言えるのではないでしょうか。

 

 

また、心身の障害を持つ「異常」な者に対して罪というマイナスの価値をあえて付与することが、悪いものであるということを理由に自己から遠ざけるための言い訳としても機能したとも考えられます。

 

 

 

 

 

前回と今回、2回にわたって「古典」という切り口からインドのハンセン病差別を見てきましたが、どうだったでしょうか?

 

今から約2000年も前に成立した文献に、このようなハンセン病やその差別にまつわる記述が見られるということで、その歴史の長さに驚きます。

 

インドでハンセン病差別がどのようにして生まれ、社会に根付いていったのかということを考える上でも、非常に興味深い内容ですよね!

 

 

 

 

 

ここで話は変わりますが、最後に、8/3に開催される、わぴねすの2018年度活動報告会のお知らせです!

 

 

・日時:8/3 14:30~(14:00開場)

・会場:国立オリンピック記念青少年総合センター センター棟401

 

活動コロニーの紹介や、ワークキャンプ事業部・就労支援事業部の報告、この3月に実現した新たな取り組みであるインド人学生ワークキャンプについての報告など、2018年度のわぴねすの活動内容が一度にわかる、年に一度の大イベントです!

 

 

どなたでも参加可能なので、ぜひお越しください!お待ちしております!

 

 

 

 

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インドのハンセン病差別を、古典から読み解く① わたなべ (インドインターン日記 vol.75)

みなさんこんにちは、ゆーきゃんです。

 

日本に帰ってきてからもう3週間近くが経ってしまいました。一時帰国ももうすぐ終わり。

 

この感じだと、インターン後期も気づいたらあっという間に終わっていそうです…。

 

限られた時間の中で自分にできる精一杯のことをしていきたいと思います!

 

 

 

 

さて、わぴねすはインドのハンセン病コロニーで日々活動しているわけですが、今回のブログの話題はまさに「インドのハンセン病」です。

 

その中でも特に、「大昔のインドではハンセン病とは、ハンセン病患者はどのような存在だったのか」という点を紹介します!

 

ひとつのブログにまとめようとしたらとんでもなく長くなってしまったので、数回に分けて紹介していきたいと思っています!

 

まずは今のインドのハンセン病事情を見てみましょう。

 

 

 

 

*新規患者数世界一の国、インド

 

 

インドは世界で一番ハンセン病の新規患者数が多い国で、未だに毎年12万人以上の人が発症しています。

 

 

 

実は現在は、ブラジルを除くすべての国でハンセン病の制圧が達成されています。

(ここでいう制圧とは、人口10,000人当たりハンセン病患者が1人未満である状態のことで、これはWHOが定めた基準です。)

 

勘違いしてはいけないのが、ここでいう制圧とは、ハンセン病の根絶ではないということです。

 

 

 

インドも、様々な努力の結果、2005年にハンセン病制圧に成功しました。

 

しかしインドは人口が多いため、制圧が完了したとはいえ、新規患者数はなんと世界全体の約60%にものぼっています。

 

 

 

そんなインドでは、このハンセン病に対する差別がいまだに根強く残っており、ハンセン病に罹患すると、もともと属していたカーストに関係なくまるで不可触民のような扱いを受けることになってしまいます。

 

たとえ病気が完治したとしても元のような生活に戻ることはできず、社会的烙印(スティグマ)を押され差別と偏見の中で生きることを余儀なくされてしまうのです。

 

ハンセン病患者や回復者は現在も社会から排斥され、同じ回復者同士やその子孫とともにコミュニティ(ハンセン病コロニー)を形成し、そこに住む多くの人々は、未だに続く差別と偏見の中で貧しい生活を送っています。

 

 

 

このように、インド社会には未だにハンセン病に対する差別が根強く残っていますが、一体どのようにしてこのような差別が生まれたのでしょう?

 

 

 

 

*ハンセン病に関する最古の記述

 

 

ハンセン病は古来より存在していた病気であり、インドのRajasthan 州にあるBalathal 遺跡で発見された紀元前2000年頃の中年男性人骨の鼻の骨に、ハンセン病の特徴がみられるという報告も挙がっています。

 

そんなに昔から存在していたなんて、途方もない話ですよね…。

 

 

 

ハンセン病は古くから存在する病気だということで、古来より世界各地の文書にその記述がみられます。

 

インドにおいても、古書『Sushruta Samhita』のなかでハンセン病が記述されているとされています。

 

 

 

『Sushruta Samhita』はヴェーダ文献のひとつで、3~4世紀に最終的に完成したと言われる医学書です。

 

この文献のなかにはいくつかハンセン病について書かれたとみられる記述がありますが、そのうちの一つがこちら。

 

 

“今吾等は皮膚病治療法 (kuṣṭhacikitsita) を述べん。

不和合食・間食若は不慣食を取り、或は生理的衝動を抑制することにより、或は酥油等を不當に用ふることにより、或は悪しき行為により或は前世に造れる業によりて皮膚病起る。”

 

※『Sushruta Samhita』を日本語に翻訳した『スシュルタ本集』(1993、大地原誠玄訳、矢野道雄校訂、谷口書店、原著は1971、Susruta-samhita 翻訳原稿、アーユルベーダ研究会)から引用しています。

 

 

 

これはどのような原因で皮膚病が引き起こされるのかを述べた部分ですが、ここで「皮膚病」として登場するのがハンセン病とされています。

 

この記述から、古代インドにおいてハンセン病は、今生において悪いおこないをしたり、前世において罪を犯したことの結果としてあらわれる病気であると認識されていたことがわかりますね。

 

 

 

現在ハンセン病は医学的に見て、感染力も極めて低く、治療法も確立された病気です。

 

しかし、このことが判明する以前の世界においては、ハンセン病は業病、天刑病、遺伝病などといった誤った理解をされていました。

 

 

 

その考え方が、この時代からインド社会に存在していたのです!

 

つまり古代インドにおいて、ハンセン病は「罪」意識と密接に結びついていたといえますね。

 

この罪意識が、どのようにして差別につながっていくのでしょうか?

 

 

 

 

 

 

面白くなってきたところですが、今回のブログはここまで!

 

次回のブログでは、この続きのお話をしていきたいと思います!

 

ぜひ今回のブログと合わせて読んでみてくださいね!お楽しみに!!

 

 

 

 

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